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<スピンオフ> 第1章 安西航 4

last update Last Updated: 2025-07-09 19:41:26

 翌朝10時――

ヘルメットを被った航は、50CCの中古の単車にまたがった。これは沖縄に来てから購入した単車だ。

「よし、行くか」

航はエンジンをかけてスーパーへと向かった。

****

「えっと……米が5Kgで野菜って言ってたよな……。どんな野菜か聞いとけばよかったな。よし、電話かけてみるか」

スーパーでカートを押していた航は、ボディバックからスマホを取り出すと電話帳を開いた。

「えっと……吉田のばあさん……と。よし、掛けてみるか」

トゥルルルルル……

トゥルルルルル……

5回目のコールで電話が繋がった。

「ああ。吉田のばあちゃん、俺だ、航だよ。今スーパーに来てるんだ。米は買うけど野菜はどうするんだ? 何を買ってくればいい? え? 何でもいい? 何でもいいが一番困るんだよ……。あ、そうだ。こういうのはどうだ? 例えば普段買えないような野菜ってのはどうだ? どんなのかって? う~ん……そうだな……。あ、重い野菜はどうだ? 例えばニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、かぼちゃ……あと何かあるか? キャベツ? ああ、そうだな。キャベツなら1玉で買えば重いもんな。よし、任せろ。多分1時間以内に行けると思うから……ああ、じゃあな」

航はスマホをきり、ボディバックにしまうと呟いた。

「急ぐか」

****

 40分後――

 航は先ほど電話で話していた吉田と言いう女性の家に到着した。この女性は航と同じ名護市に住んでいる。

何十年も昔に建てられた家は1階建てで、間口がとても広くて開放的な造りとなっている。台風が多い場所なので家の周囲はぐるりと石垣でおおわれていた。

照り付ける太陽ですっかり日焼けした航は、荷物が入った大きな段ボール箱を足元に置くとインターホンを鳴らした。

ピンポーン

「……」

もう一度試しに航はインターホンを鳴らしてみる。

ピンポーン

「……」

それでも反応が無い。

「何だよ……ひょっとしていないのか?」

航は玄関のドアに手を掛けると……。

ガラガラガラ……

音を立てて引き戸が開いた。

「何だ、開くじゃないか」

航は段ボール箱を手に取った。

「よっと」

抱え上げると靴を脱ぎながら声を張り上げた。

「ばあちゃーん。上がるぞー」

しかし返事は無い。

「本当にいないのかよ……戸締りもしないで……」

航はぶつぶつ言いながら上がり込み、台所に頼まれていた買い物が入った段ボール箱を
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    「どうしてこんなに貧しい生活をしているの? 駆け落ちした男性は実業家だったって聞いてるわ。それに家を出る時に通帳を3冊も持って行ったって……。5千万以上は持ち去って行ったって聞いていたけど?」明日香はどこか非難めいた言葉で言う。「ああ……相手の彼がね、事業で失敗して失踪してしまったのよ。借金を作ってね。その連帯保証人が私だったってわけ。1億も借金していて……今もその返済でこんな暮らしをしているのよ」「……家には泣きつかなかったの?」「そんなこと出来るはずないでしょう? だって貴女を鳴海家に置いてきてしまったし、実家からは駆け落ちした段階で縁を切られてしまったから自業自得よ」「……どうして……私を捨てたの……?」明日香は震えながら尋ねた。「ごめんなさい……。私は貴女が……怖かったのよ…」「え……? こ、怖い……? 何故……?」すると麗子は溜息をついた。「あの頃の私はお嬢様育ちで世間知らずで……親に反発して夜遊びばかりして……それが間違いだったのよね。ある夜、見知らぬ男に……」そこで麗子は言葉を切った。その身体は小刻みに震えていた。それで明日香は悟った。(ああ……やっぱり私は望まれて生まれてきた子供では無かったのね……)「それで……私を捨てたの……?」「ごめんなさい……明日香……本当に……」目の前で肩を震わせて悲し気に俯く麗子を見て明日香は思った。(まだ母は私を見て怯えているのね……。少しでも私に会えて喜んでくれると思っていたのに……)溜息をついた時、明日香は壁の隅に置かれたガラスケースが目に止まった。そこには明日香が子供の頃に大切に持っていたウサギのぬいぐるみがあったのだ。「え……? あれは……?」すると麗子も気づいたのか、ぬいぐるみを見ると尋ねてきた。「あのぬいぐるみ……もしかして覚えているの?」明日香は黙って頷く。「そう……実はあのぬいぐるみ、2つ買っておいたのよ。明日香とお揃いで持っていたかったから」「お母さん……」(ひょっとするとお母さんは私のことを忘れないために……?)「お母さん、私今長野に住んでるのよ。もし気が向いたら……たまには電話して?」明日香は電話番号をすらすらとメモ紙に書くと卓袱台の上に置き、立ち上がって玄関へと向かった。その後ろを麗子がついて来る。「……帰るの?」「ええ。恋人が待ってるから

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   <番外編> 明日香と母 2

     明日香の母――麗子が、恋人を作って突然家を出て行ってしまったのは明日香と翔が7歳の時だった。それは本当に突然の出来事だった。麗子はたった1枚のメモだけを残し、実の連れ子の明日香を鳴海家に置いて新しく恋人になった年下の若い恋人と逃げてしまったのだった。『ウワーン! お母さーん!』まだたった7歳の明日香は母に置いて行かれてしまったことが悲しくてたまらなかった。この鳴海家は冷たい家だった。父は海外赴任させられ、厳しい祖父は明日香を邪険に扱った。そして使用人たちからも明日香は軽蔑の眼差しで見られていた。その中で、たった1人明日香の味方だったのが……血の繋がらない兄の鳴海翔だった。『明日香、そんなに泣くなよ』翔が明日香の頭を撫でた。『うう……で、でもお母さんが……帰ってこないんだもの……』明日香は母が唯一買ってくれたウサギのぬいぐるみを抱きしめたまま泣き続ける。『う~ん。でも明日香のお母さんが何処に行ったのか僕たちは知らないからなあ。あ! そうだ、いい考えがある! 明日香!』『何? 良い考えって……?』泣きながら尋ねる明日香。『明日香がほんの少し、怪我をしてみるといいんだよ。そして御爺様に言うんだ。明日香が怪我をしてしまったから、お母さんを呼んで欲しいって。そしたらきっと来てくれるよ!』そこで考え付いたのが、家の階段から落ちて軽い怪我をすること。しかし、2人はまだ幼い子供だった。加減と言うものを知らなかった。翔の言うがままに、明日香は無茶な高さから階段を落ちて……大怪我を負って入院する羽目になってしまった。救急車で運ばれて行く明日香を翔は泣きながら見送り……それ以来翔は明日香を大切に扱うようになった。しかし……大怪我を負った明日香のもとに、母は決して戻ってくることは無かった――****「ごめんね……こんなものしか出せなくて」6畳間の古びた畳の部屋、小さな卓袱台の上にお茶を置くと麗子は明日香に謝った。「ありがとう……」明日香は湯呑を持ち、お茶を飲んだ。安い茶葉なのだろう。少しも美味しくは無かった。部屋の中は殺風景だった。卓袱台の下にはラグマットが敷かれてはあるものの座布団すらない。横置きにされたカラーボックスの上には恐らく一番小さなサイズの液晶テレビが置かれている。窓にかけてあるレースのカーテンは太陽の光で焼けたのか茶色く染ま

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